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ふとお浄土のイメージが浮かびました。 視覚的なものではなく、存在のイメージです。
生まれる時代や国、家柄や身分、体質や生活環境は誰一人として同じではありません。誰一人何一つ同じではありません。
その違いを抱えながら、努力したり努力できなかったりして私たちは生きています。 そしてその結果も何一つ同じものはない。
そんなこの世の生活に対して、「必ずお浄土に迎えるよ」という呼びかけは、「そんなちっぽけな違いに満足したり悔やみなさんな。あなたのいのちをイキイキさせる境涯があるのだから。」
お浄土は、そう約束されている世界です。
朝歩く途中に花が咲いている。15メートルくらいつながって咲いている。 道路のアスファルトと側溝の隙間から生えている。
家内に「月見草だよ」といったが、確かめたことはなくあやふやだった。 子供のころ浜辺でよく見かけていた花で、月見草と思いこんでいた。
1本の茎に5つくらいの花がつくようで、咲き終わった花が萎れてオレンジ色になっている。
花の好きな方に聞いたらやはり月見草らしい。 宵待ち草ともいうといわれた。花も名前も可愛い。
アメリカの大統領選挙選で課税問題が争点の一つになっている。
驚いたのは、富裕層たちの中に、「自分たちはもっと税金を払ってもいい」という人たちが少なからずいることだ。
そう主張する趣旨は、自分たちはアメリカンドリームがあったから今日の所得を手にすることができた。そのような社会を実現するためには、率先して夢がかなう社会を目指す資金は提供するというのだ。
アメリカンドリームとは、努力すれば願いがかなうことをいう。
次元は違っても、アミダ如来さまの願いが完成されたのはアミダサンドリームといってもいい。
お寺の総代会を開きました。今年4回目です。 回数が勝負と思うからです。
過疎で高齢化した地域の中で、お寺の在り方を模索しているのです。「これ」といった方策はなくても、方向が見えたらいいと思っています。
決して50年100年昔の姿の再現を目指しているわけではありません。社会の現実と、どうにか見通せる範囲での将来の姿をもとに、今何をしなければならないかを探しているわけです。
待つのではなく出かける、入って行く。 話すのではなく聴く、そのきっかけをつくる。 そのために自分の習慣を替える。
それが求められていると思うのです。
保育士さんの研修レポートを読んで気づいたことがある。
「思いを言葉に乗せることが大切」というお話が大変参考になったという記述があった。
「思いを言葉に乗せる」「思いを言葉に乗せる」と頭の中でで繰り返していると、ふとアミダ如来さまの思いも言葉に乗っていると気づいた。
「真実に生きる道を歩かせる」という思いが言葉に乗っている。
それだけの思いを言葉に乗せようとなさったのだが、載せるための既製品の言葉はなかった。
永い思考の末言葉を創りあげ、届けてくださっているのが「ナモアミダブツ」だ。 そう気づいた。
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