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論争 


臨済宗で営まれたお葬式にお参りしました。宗旨は違いますが、故人が親しくしていたお寺としてお呼びいただきました。

葬儀会館の僧侶方の控え室には、臨済宗の僧侶2名、真言宗の僧侶1名、そして浄土真宗の私と4名で談笑しながら開式を待ちました。

ご宗旨の違う僧侶ながら、同じ地域のお寺で暮らしていますから交流機会もわりと多く、和やかな雰囲気の時間でした。

今ではそうですが、いまから50年くらい前の雰囲気は違っていました。控室の空気は口数が少なく、張り詰めていて静かでした。

たまに異宗派の僧侶が集まるときは、「お宅の宗旨で行われる作法や儀礼にはどんな意味があるのか」という質問や、「それで檀家さんは納得されるのか」といった論争の火種を持ち込むお坊さんがときどきおられました。

そのような先輩僧侶方には、一国一城の主として仏教伝道の使命感や、「我が宗旨が一番」というプライドが根底にあったと思うのです。

いまの私は、自分の宗旨への質問や意見に対しての説明はしますが、論争の火種を持ち込むほどの意識が生まれません。布教の意欲が足らないのでしょうか。

[ 2017/08/05 20:15 ] 気づき日記 | トラックバック(-) | CM(0)

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